アジャイルスクラム マスター資格者インタビュー:ユーザーに対して素早く価値を提供するにはアジャイルが不可欠

『スクラムマスターとプロダクトオーナーのためのEXINハンドブック』日本語版の制作において、テクニカルレビューアーを務めていただいた中谷和波氏。変化の激しい社会で、より価値の高いプロダクトを素早くお客様に届けるためには、アジャイル開発が必要不可欠だという中谷氏に. 業務や活用方法について伺った。


東京海上日動システムズ、中谷和波氏

 

 

◎東京海上グループのDXにはアジャイルが必要

─中谷さんが所属しているデジタルイノベーション本部とはどのような部署なのでしょうか?

中谷:デジタルイノベーション本部は、東京海上グループにおけるDXをアジリティ高く推進する組織です。 保険会社として、お客様や地域社会の“いざ”を支える存在であることは創業当時から変わらない理念ですが、DXを活用することで、“いつも”支える存在へと価値提供領域を拡大する狙いがあります。

例えば、AppleWatchを活用した疾病予兆を未然に検知するアプリの実証実験がその代表です。他にも、観測震度に応じて最短3日で保険金の支払いを可能とした地震に備える保険システムなど、新しい保険商品も開発しています。

また、中長期的に東京海上グループの成長に資すると考えられるイノベーティブなビジネスをスピーディーに実現していくための、Design+Agileの仮説検証型のビジネス創出プロセスも実現しています。

  

─そのなかで、中谷さんの役割はどのようなものなのでしょうか?

中谷:デジタルイノベーション開発部は7チームから構成されていますが、私はネイティブアプリを専門に開発するチームのリーダーをしています。私のチームには、更にその中に4つのスクラムチームがあり、その中でスクラムマスターも兼任しています。

 

─スクラムマスターの役割とはどのようなものなのでしょうか?

中谷:スクラムはアジャイル開発のひとつの開発手法で、プロダクトオーナー、開発者、スクラムマスターの3つの役割が定義されています。スクラムマスターはスクラムチームが適切にスクラムを実現できているかを確認し、チーム全体を支援する役割です。必要に応じてスクラムイベントのファシリテーションやチームメンバーとの1on1なども実施しています。あと、スクラムマスターとしてもリーダーとしても「楽しく、前向きに、元気よく」を特に大切にし、ポジティブで雰囲気の良いチーム作りを心掛けていますね。

 

─アジャイルの経験は長いのですか?

中谷:10年ほどウォーターフォールでの開発に携わってきました。アジャイルに触れたのは、2019年に今の部署が生まれ、2020年に異動して来てからなので、アジャイル経験は3年くらいです。異動してきたばかりの頃は、計画に沿って開発を進めるウォーターフォールに対し、変化を歓迎するアジャイルのギャップを受け入れられず、かなり苦悩しました。アジャイルを推進する組織にいながらも、ウォーターフォールでの開発を提案したこともありました(笑)

プロジェクトやプロダクトごとに最適な開発手法を選択すれば良いと思いますが、個人的にはタイムリーなフィードバックによりビジネスを育てることができるアジャイル開発に魅力を感じています。

 

─アジャイルでは自律型のチームを作るのが重要になって来ると思うのですが。

中谷:これもアジャイルの魅力ですね。ある程度の年次にならないとできないと決めつけている業務やタスクってあると思いませんか?特に我々の開発チームは若手が多いので、自律型のチームを目指す中で「それ誰がやるの?できるの?」といった問題が発生しやすいです。その場合、少し背伸びしないとできないようなことも、権限を移譲し実際に手を動かしてもらい、ティーチングやコーチングでフォローするようにしています。その他にも、立ち止まって振り返ることの重要性を感じてもらうことで、問題が発生した際にレトロスペクティブ以外の場でスクラムチームが自発的に振り返り、次のアクションを決定し実行することなども身に付いてきます。

私自身が手を動かすことはせず、責任感の醸成や失敗から学んでもらうことを念頭に置いています。その結果、自らで考えて行動することが当たり前になり、その経験が自信にもなり、メンバーやチームを前向きにさせます。これを繰り返すことで、スクラムチームがプロダクト開発に必要なほとんどのことができる状態になります。そのようなスクラムチームが十数チーム存在し東京海上グループのDXを後押ししています。

 

 

◎テキストを読み込み、模試をクリアして出題傾向を掴む

─中谷さんには『スクラムマスターとプロダクトオーナーのためのEXINハンドブック』日本語版の制作にあたり、テクニカルレビューアーを務めていただきましたが、きっかけは何でしたか?

中谷:当時、スクラム関連の認定資格取得やアジャイルイベントの登壇を積極的に取り組んでいました。その姿を見て下さっていた部長から「中谷、やってみないか」と声を掛けられたのが始まりです。

スクラムマスターを担当することになって約3年が経ちますが、スクラムマスターにゴールはなく学び続けることが必要です。そのために現場での経験だけでなく、コミュニティ活動やスクラムイベントでの登壇などを行っていますが、テクニカルレビューもそのひとつとして考え、スクラムマスターとして必要な知識を吸収することを目的に協力することにしました。

 

─テクニカルレビューアーをやってみていかがでしたか?

中谷:ハンドブックは180ページほどありますが、章で区切り、数名で手分けして翻訳しました。具体的には、翻訳ツールを用いて日本語に訳された文章を、アジャイルやスクラムの解釈として正しい内容に変更していく作業です。高精度な翻訳ツールではありましたが、違和感のある表現があり、その文章に対して意味が分かるように付け足すべきか、日本語としては回りくどいから消すべきかなど、判断に迷うことが多々ありました。他にも、英語ならではの言い回しの日本語化や、著者の思想や意図をくみ取ることにも苦労しましたね。

これらの経験に加え、レビューアーの皆さんとの出会いも含め、非常に良い機会をさせていただきました。

 

─資格取得の動機はなんですか?

テクニカルレビューが終わり、自分に割り振られた部分以外も読んでみたのですが、知らない単語や手法がいくつかありました。3年ほどスクラムマスターを経験してそれなりの知識があるつもりだったのですが・・・。そのことが受験の動機へとつながるのですが、もっともっと知識を吸収しないといけないと思いましたね。

あと、テクニカルレビューアーとして私の名前が掲載されている以上は資格を取っておかないと格好がつかない、と思ったのも1つの理由です。

 

─アジャイルスクラムマスターの受験のために、どのように勉強されたのですか?

中谷:まず、模試を受けることにしました。3年間で得た知識や現場での経験もありましたし、翻訳にも関わっていたので、「多少知らない単語があっても行けるだろう」と思い、勉強もせずに模試を受けてみました。ところが、合格点を取ることはできず、「これはまずい」と思ってテキストを読み込むようにしました。特に自分の知識が足りていない部分を読み込み、模試で100点にしてから本試験に臨みました。

 

─試験はいかがでしたでしょうか?

中谷:スクラム開発の現場がリアルに想像できる問題が多かったですね。「開発者はこう言っています。それに対してプロダクトオーナーはこう言っています。でも、スクラムマスターはこうすべきだと考えています。誰が正しいでしょう」といった「あるある」と思えるシチュエーションがイメージできる問題が複数出題されていました。非常に実践的です。

逆にそこが難しかったですね。「自分だったらこうするけれど、この場面ではこの人が言っていることが正しいのではないか?」と、迷いはありました。深読みし過ぎず冷静に考えて回答するよう心掛けました。

 

◎東京海上グループのDXを加速させ、良いプロダクトを生み出す

─アジャイルスクラムのマスターコースは、どのような業務をしている人に適していると思われますか?

中谷:スクラムマスターやプロダクトオーナーにフォーカスしたコースだと思いますが、スクラムに関わる人なら誰でも対象になると思います。開発者はもちろん、スクラムチームの活動に最終責任を負っている組織管理者にもおすすめです。基本的なことから実践ベースの知識も学べます。

 

─資格を取ったことで変わった部分はありますか?

中谷:スクラムマスターは現場での経験が何よりも大切だと思っています。現場で汗水流して自分の肉にしていくことが必要です。資格取得は一つのステータスではありますが、受験に向けて学びなおすことで日常の取組みに対して論理的な裏付けができ、自分が未体験の領域の知識を得ることができ、メンバーに話す内容の説得力を増すことができたと思います。

 

─スクラムマスターの資質はなんだとお考えですか?

中谷:やる気さえあれば誰でもできると思いますが、強いて挙げるとすれば、誰とでもコミュニケーションをとれることでしょうか。スクラムイベントのファシリテーションやスクラムチームメンバーとの対話だけでなく、ときにはステークホルダーと会話することもありますし、組織課題があれば組織管理者とも対等なコミュニケーションをとることが求められます。

 

─どのような人がスクラムマスターになるのでしょうか?

中谷:開発者からスクラムマスターになる方が多い印象です。開発からスタートし、しばらくして、いろんなものが見えて来て、組織のあれこれが分かり始めたころにスクラムマスターの道へと歩み出すということがあるかもしれません。ただし、開発のスキルがあるとティーチングの幅は広がるかもしれませんが、スクラムマスターの素質としてマストかというと、全くそんなことは無いと思います。

因みに、私は開発者よりもプロジェクトマネジメントの経験の方が圧倒的に長いですね。

 

─スキルアップとしてスクラムマスターを選ぶメリットは何でしょうか?

中谷:サーバントリーダーシップを深めるとか、コーチングスキルが向上するとか、あとは情報を得るために社外に出ることが多くなったので人脈が増えるなど、メリットは沢山あります。

あと、スクラムマスターにやりがいを感じるのは、メンバー個々の成長と、チームが強くなっていくその様子を一番近くで感じられることですね。そんなチームが世に出したプロダクトが評価されると本当に嬉しい気持ちになります。プロマネの時にはあまり感じなかった、人との接点が多いスクラムマスターだからこそ味わえる、見える景色だと思います。

 

─今後の目標を教えてください。

中谷:大きく2つあります。1つは社内へのアジャイルの普及です。社員は約1500人ですが、アジャイル開発を実践しているのは100人程度です。ユーザー価値やビジネス価値を更に高めるために、アジャイルのエッセンスを盛り込むことでより良くなるプロダクトがきっとあります。そのために、我々が経験した好事例やマインドセットを伝えていくことが大きな使命だと感じています。実際に社内に向けたアジャイル関連の取り組みの発信や、人事部に掛け合って新人導入研修にアジャイル開発の要素を組み込むことにも取り組んでいます。

 

もう1つは社外への情報発信と収集です。発信することでアジャイルに取り組む東京海上日動システムズのプレゼンスを高めつつ、またフィードバックを受けることで我々のアジャイルに磨きを掛ける。そして繋がった方とのコミュニティ活動で輪を広げ、さらに広く知見を得る。このサイクルを回し続ける。このようにスクラムマスターという立場から成長し続ける組織を目指してリードし、東京海上グループのDXを加速させ、お客様に届ける価値を最大化し続けていきたいと考えています。

 

─ありがとうございました。

 

【プロフィール】
中谷和波氏

東京海上日動システムズ
デジタルイノベーション本部
デジタルイノベーション開発部

EXIN Master Agile Scrum

 

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