Agile の本懐は全体を見据えて問題を洗い出すこと

Agile の本懐は全体を見据えて問題を洗い出すこと
Agile、Dev-Ops……動かしながら開発を続けていき体制や工程から無駄を省き、改善をしていく。こうした手法が注目されて久しい。しかし、1980 年代、こうした手法は製造業の現場では「リーン生産方式」という名前で定着していた。その方式の元となったのがトヨタ生産方式である。

今回は、戦略スタッフサービスの取締役、Agile 開発で2007 年より現場指導を多く手掛け、EXIN Agile Scrum Foundation コースでも講師を務める三井伸行氏に、Agile を通して気づいたトヨタ生産方式のユニークさについてお話しを聞いた。

◎数年前からAgile に注目が集まっていますが、そもそもAgile とはどのようなものですか?

三井伸行さん(以下、三井):私は長らくソフトウェア開発の世界に身を置いてきました。素早く、高品質なクライアントの希望に合ったソフトウェアを開発し納品する。Agile は稼働に足るレベルに達したらリリースし、フィードバックを貰いながら開発を続けていく。開発納期を短縮できる上、ユーザーのフィードバックを聞いて開発できるため、必要に応じた品質に高めていけます。ただ、Agile の手法を追い求めているうちにひとつ気づいたことがあったんです。関連する書籍を読ん

Agile の本懐は全体を見据えて問題を洗い出すこと
でいると冒頭に「トヨタ」という言葉が出てくることに気づきました。

◎トヨタとAgile にどのような関係があるのでしょうか?

三井:リーン生産方式は元々トヨタの生産方式を研究し体系化したものというのは有名な話ですが、Agile やDev-Ops も同じでトヨタ方式をソフトウェア開発の世界に持ってきたものだったんです。それに気づいて本家本流であるトヨタ式を学ぶことにしました。 トヨタ式は生産や開発、チーム、組織作り、そしてデリバリーまで総合的に考えて行く。しかし、原理原則まで含めて書籍としてに世に出ているものは少ない。これはトヨタに「現状否定」という文化があるため。つまり、ある一つの分野で優れた方式を書籍として出しても出版される頃にはすでに現場で実践されているものより古い手法になっている。トヨタはそれほど素早く細かな改善を続けていく、これはAgile のメリットでもよく語られていることですよね。しかし、「誰でもすぐ使える」以外にはメリットがないんじゃないか、と考えていました。新しい人が入ってきても、環境がベテランたちの「使いやすい」に合わせてあれば、新しい人がベテランになったときにも基本概念は変わらないままですよね。だからこそ、変えるのが難しい。

◎源流はトヨタにあった、ということですか?

三井:トヨタらしさがわかるエピソードがあります。ある担当者が現場で設計を見直し60 分短縮する業務改善を行ったとき、「その60 分を何に使っているか?」と聞いたら「翌日の作業を前倒ししました」と返ってきた。しかし、担当者は「なんでそんなことをするんだ。君が頑張って成果をだしたのだから、君が一番したい事をしなさい。たとえば、早く帰るでもいいんだよ。」、そう返したそうです。トヨタでは常に全体を見て改善をしていく。工程を考えればチームのモチベーションに行き着く。細かくシステム、要件を決めていくよりも生きがいや達成感を感じられるチームにすれば、自然に品質も高まっていく。Agile も開発に切り出したも
のではなく、チームマネジメントも含めて全体感を考えて行くことが大事なんです。

◎三井さんのAgile の講座では全体感を伝えているのでしょうか?

三井:講師で最も大事なのは、テキストがどういう視点で作られているかを掴んでいくことだと考えています。Agile もそれぞれ人や会社ごとで違う手法、トヨタ式を含めて全体の中からどの部分を切り出しているのかを掴んで、まず伝えておく必要があります。そして、参加するかたには“手法”ではなく“姿勢”を学んでいただきたいと考えています。手法だけ覚えてチームに当てはめても上手くいきません。自分のチーム、クライアントの要望には何が最適なのかを“考える”。最適な手法を選び、もし手法が見つからない場合は自ら作り出すことが大切なのです。

◎“考える姿勢”が役に立つ具体的な例はありますか?

三井:以前、他社が数年数億単位で見積もりを出していたある案件で、「うちでは10 ヶ月で、7千万円でできます」と見積もりを出したことがあります。先方の担当から「これはどういうことか」と聞かれました。その案件では、すでに外資系コンサルティング会社が作った分厚い提案依頼書(RFP)があったのですが、「その通りにやるなら数年、数億かかりますが、この目的ならこの期間、金額で大丈夫です」と返したんです。受託して開発を始めたのですが、担当者から「このイテレーションサイクルとイテレーション毎の仕様変更量では現場は徹夜してやっているのではないか」と問い合わせがきたので視察にも来て貰ったこともあります。しかし、徹夜はせず、納期までに仕上げました。ご厚意で仕様を変更した分の追加費用もお支払いいただいたのですが、最初現場は追加報酬を断っていたんです。現場は、一緒に同じ目的を持った仲間だと考えているからこそです。考える姿勢を持つこと、これは必要不必要を見極めることにもつながります。目的を達成することが大事であって、定められたRFP、やりかたに沿うことが大事なのでは
ありません。この考える姿勢を持てば、クライアントも同じ仲間と考えられる。そして、スタッフのスキルに左右されることもなくなります。

◎スタッフのスキルに左右されないとはどういうことですか?

三井:「その仕事、なくしてしまえばいいよね」、この発想を持つことが大事なんです。仕事には正味と付帯と無駄がある。正味は価値、成果であり、極端に言ってしまうと付帯も無駄なんです。付帯も含めてデキる人材が優秀だと考えがちですが、仕事を細かい目線で分解していき、正味を細かく分け、その結果付帯を減らしていけば、どのスタッフでも力を出していける。Agile はリリースして開発と改善を続けていく。たとえば、A 地点からB 地点に移動するだけの成果で十分であるのに、付帯が多く地球から火星までロケットで行けるような成果が必要になってしまうことを防ぐことを目的にしています。つまり、開発の工程を作ることが目的ではなく「問題を見える化」することを目的に置くべきではないでしょうか。「やりたくない仕事」を思い浮かべてください。なぜやりたくないと思うのか、それは自分でも無駄、付帯が多いと感じているからです。付帯が多ければ、手を動かしていても成果やゴールが見えない。何のためにやっているのかがわからなくなってしまう。だから生きがいややり甲斐も含めたチームマネジメントを考えていく必要もある。トヨタは目標を常に高めていって、仕事を通じて生きがいややり甲斐を高めながら、無駄を排除し生産性を上げています。それを切り出したAgile でも同じように生産性を上げる手法ではなく“姿勢”を学んで欲しいと考えています。

【三井伸行氏プロフィール】

株式会社戦略スタッフ·サービス取締役CTO、TPS 検定協会認定TMS 講
師、EXIN Agile 認定講師、Scrum Alliance 認定スクラムマスター
数値制御装置·ロボット系でのU/I と、言語自動生成·グラフィック系の設計·製造に従事、製造メーカの生産管理システム開発に関わった。後に、開発ツールや方法論の導入に携わってきた。2007 年以降はAgile を活動の主軸として、受託開発でのAgile 適用、Agile 手法の導入支援、Agile Scrum Foundation 講師、TPS 検定協会のTMS 改善塾講師を実施する。

アジャイルやDevOpsの実務案件からの知見を日経コンピュータ誌で連載中。

  • 「現場を元気にする組織変革術」(2018年4月12日号より20回予定現在執筆中)
  • 「現場を元気にするDevOps2.0」(2017年9月14日号より10回)
  • 「現場を元気にするチーム運営術」(2017年4月13日号より10回)

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